2008年02月22日

脱コンビニ宣言

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コンビニに行くのは止そうと思う。

ジャンキーなものが多いとか、お弁当の味が濃いだとか、
そんなこともあるにはあるけれど一番の理由はそこにはない。

コンビニにいくのは、自分の中で
「まぁいいか」「まぁ適当にしとくか」
という安易な妥協、そして無意味なルーチンワークであると気づいたからである。

「ぁ〜お昼ごはんどうしよう。つくる?スーパーにいく?外食する?(どれも面倒だ)コンビニいっとくか」

あるいは、

「特に用はないけど、なんかコンビニ入っとく?とりあえず、アイスクリームと雑誌買っとく?」

……という具合に。

ああ、安易だ。安易。
まったく自分がいやになる。
この心の持ちよう自体が素敵生活から程遠い。

週に一回、新チャレンジを!にチャレンジしているわたしが、
チャレンジによって払拭したいのはその無意識で無意味な習慣なのに。

コンビニに行くならば、
「猛烈にあのコンビニのあのおにぎりが、あのシュークリームが食べたい!」
と思うほうがまだ健全だと思う。

とってもおいしいお弁当を食べたいなら、デパ地下やレストランに行ってみるほうがいいに決まってる。
そんなの贅沢だとおもうなら、やっぱりスーパーへ行くほうがいい。
そう考えるとコンビニの利点とは私の中で「近いし便利」というものが圧倒的である。
便利というのは、何かを手に入れるときに苦労がないということ。
では、コンビニがなければ、毎日の暮らしに激しく苦労がついてまわるのか?
そんなことは、ないだろう。


もうひとつ。

コンビニに行くときは自分の中で何かがきちんと用意できていなかったときであることが多いということにも気づいた。

  • お弁当をつくるつもりだったけど寝坊したから、コンビニ。
  • 今日の取材は行きかえりに時間がかかるからおやつが欲しいけど先日スーパーで買っておくの忘れてたから、コンビニ。
  • しまったホチキスの針がない!今すぐいる!一番ちかい文房具屋さん?てかコンビニが一番近いぞ。
そりゃ、忘れることだってあるけども、用意できないことだってあるけども、さ。
なんだかどこか気持ちの中で「コンビニがあるからなんとかなる」と油断している。
なくなる前に買っておくとか、必要になる前に買っておくっていう習慣がない。
それって、だいたい不経済だ。金銭的にも、時間的にも。

さらに、もうひとつ。

コンビにではなにより、自分らしい選択ができない。
コンビニの中にあるものの中からものを選ぶというのは、
自分のくらしや行動を平均化・一般化している行為のような気がしてきたのだ。

無限に(近いほどたくさん)選択肢があるというのもあまりよくないかもしれないが、
コンビニにではやはり選択肢が乏しい。

それがいいと本当に思っていて、
それがほしいと決まっていて、
それが一番効率的に手にはいるのがコンビニであるならコンビニ万歳だ。
しかし、私に関してはそうであることはほとんどないのが現状で、
唯一、万歳!といえるのは郵便・宅配関係のサービスだけだろう(だからこのコンビニサービスは使いつづける)。

じぶんのくらしというものが自らの選択の連続で形作られるものならば、
まいっかと選ぶのは避けたい。
それは自分のことをまいっかと思っていることと同じだから。



さて、そんなコンビニ断ちがセルフケアと何の関係があるのかって?

うーん。なんだか遠そうでとても近い気がする。そうは思わない?

最初に書いたように、コンビニにある何を食べるとかどんなものを食べるのかということよりも、「なんとなく」ではなく「これがしたい」という自分の意思を意識して行動するということがまず何よりもセルフケアする毎日には必要なんじゃないかと感じた。

本当は、たまのコンビニはいいだろうと思っている。
でも、妙な「習慣」から脱するまでは一切絶つ。
それじゃないと結局、無意識の習慣・無意識の思考パターンは変えられないからだ。

そんなわけで脱コンビニ宣言!(高らかに)

つらつらと書いたことが本当かどうか、まずはやってみる。
ちょっとがんばってみよう。
posted by あめい at 09:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | セルフケアライフのツボ
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